« 第5巻第1号(2010年10月号) | メイン | 第一回学術集会 開催のお知らせ(終了しました) »

第5巻 巻頭言

巻 頭 言

医療福祉経営マーケテイング研究会
理事長 馬場園 明

 民主党が後期高齢者医療制度の廃止を求めた昨年の衆議院選挙から1年以上がたち、ようやく75歳以上に対する高齢者医療制度の骨格が明かになった。勤労しており、被用者健康保険の被保険者の資格がある高齢者や被用者健康保険の被保険者に扶養される高齢者は被用者健康保険制度に加入し、それ以外の高齢者は国民健康保険に加入することになる。結果的に2割の高齢者が被用者健康保険に、8割の高齢者が国民健康保険に加入することになると推定されている。これにより、年齢で保険証が変わることもなくなり、同じ世帯であれば高額療養費の自己負担額が一本化されるために、同じ世代の高齢者と若人世代の被保険者が高額な医療費がかかった場合、負担額が軽減されることになった。
 保険給付の負担は、現在のところ新たな消費税の導入などがすぐには見込めない以上、基本的に、5割が公費、4割が現役負担からの支援金、1割が高齢者の保険料となりそうである。高齢者が多い国民健康保険は、被用者健康保険よりもより多くの公費や現役世代からの支援金を受け取る財源調整が行われる。また、高齢者の保険料の伸びは、現役世代の保険料の伸びを上回らないことになった。この方法では、将来的には保険財政は破綻してしまうリスクが高いので、公費の投入を考慮する必要があると思われる。
 高齢者医療制度の問題は、1973年の老人医療費無料化に遡ることができる。これによって老人の医療費の負担は軽減されたが、高齢者の社会的入院が起こり、老人医療費の急増と高齢者の自立を妨げる弊害も産んだ。そこで、1982年に老人保健法が制定され、医療に偏りがちであった高齢者の保健・医療サービスを予防・リハビリテーションにも財源を振り向け、また老人医療費を国民で公平に負担することを目的として、老人の一部負担と各保険者からの拠出金により老人医療費を拠出する仕組みが導入された。その後、高齢化の進展等に伴う拠出金の増大に伴い、実際の老人加入者数に比べ拠出金負担が重い被用者保険サイドからの批判の声が強くなり、1990年代後半から新たな高齢者医療制度のあり方に関する検討が始まった。2003年3月には、いわゆる「基本方針」(が閣議決定され、高齢者医療制度については、高齢者を65歳以上75歳未満の「前期高齢者」と75歳以上の「後期高齢者」に二分したうえで、前者については制度間の不均衡調整措置の導入、後者については独立保険制度の創設が打ち出された。「後期高齢者医療制度」は10年以上にわたって周到に用意されたものであった。しかしながら、このような動きは高齢者に周知されたものではなかった。
 2010年8月2日、福岡市で「新たな高齢者医療制度のあり方」についての公聴会が開かれた。会場は満席であった。入場するためには事前の参加申し込みが必要であったことを考えれば、関心の高さが窺えた。保険者や医師会などの医療に関係する団体からの出席者も多かったが、最も目立ったのは高齢者の姿であった。振り返ってみれば、後期高齢者医療制度を廃止に追いやったのは、高齢者の力であった。75歳以上の保険を別建てにして、「後期高齢者医療制度」を作るという考え方が、差別的であるととらえられ、大きな反発を買ったのであった。今後、高齢者が増加していき、選挙で強い力をもっていくことを考えれば、高齢者の納得なしでは医療制度改革は進行しないであろう。
 「新たな高齢者医療制度」では、医療の内容の変更にまで踏み込んではいない。今後は、医療の内容までを検討する必要があろう。高齢者が増加していけば、「悪性腫瘍」、「心臓病」、「脳血管疾患」などの急性期疾患も増え、その医療も充実させていかなければならない。現状の長期入院を維持していけば、生活を医療スタッフが支えることになり社会コストが高くなる。そして限られた医療従事者や病床といった資源を非効率に利用することになる。また、高齢者も長期入院することで「廃用症候群」が発生し、QOLは著しく低下してしまう。このような現実も高齢者に伝えていく努力も求められる。
 そして、今後、疾病や障害をもった高齢者が病院に入院せずに在宅療養を継続できるような医療提供体制の整備や、高齢者アパート等の入居施設を整備していくことが必要であると考えられる。また、高齢者が心身ともに健康で、社会的な貢献ができるよう、疾病予防事業、介護に関するボランティア事業など、高齢者が積極的に参加でき、生活の質の向上につながるような事業も求められよう。