第20巻 巻頭言
巻 頭 言
医療福祉経営マーケティング研究会
理事長 窪田 昌行
本研究会誌は、創刊以来19巻を重ね、ここに第20巻を迎えます。創設者であり、長年理事長としてご指導くださった 九州大学名誉教授・馬場園明先生は、医療と経営、福祉と地域を架橋する独自の思想を提唱されました。 先生は「病院経営の使命とは、地域の幸福を支える仕組みを創ることである」と語られ、その理念こそが本研究会の精神的基盤となっています。 先生が療養に入られた今、私たちはその志を継承し、新たな10年の指針を示す責務を担っています。本巻は、その第一歩を刻むものです。
日本は今、2040年に向けて未曾有の人口構造転換を迎えようとしています。 85歳以上人口の急増により、医療・介護・生活支援の需要が同時多発的に膨張するなか、 厚生労働省は「地域医療構想」と「地域包括 ケアシステム」という 2 つの改革の車輪を動かしています。 前者は都道府県単位で医療提供体制を再編し、後者は市町村単位で暮らしとケアの接点を整える取り組みです。
これら 2 つの仕組みを政策の枠にとどめず、 地域の実情に合わせて「つなぎ、組み合わせ、機能させる 設計力」が、今後の医療・介護経営に求められます。 つまり、地域医療構想が示す病床機能の再編と、地域包括ケアシステムが目指す生活支援のネットワークを 現場レベルで結びつけ、地域全体の医療・介護の 流れを再設計する力です。 病床機能の再編や地域医療計画は、単なる供給体制を整える作業ではなく、「治 す医療」から「治し支える医療」へと 地域の医療の姿を転換する取り組みにほかなりません。
現代の医療はもはや「治す」だけでは完結しません。 回復期・慢性期・在宅期・看取りまで、すべての 段階において生活を支える医療が求められています。 そこでは医師、看護師、リハビリ専門職のみならず、介護職、ケアマネジャー、自治体、NPO、ボランティアなど、 多様な担い手が「共に生きる医療」を支え ることが不可欠です。 この多職種連携を支える思想が「地域包括ケアシステム」であり、それは馬場園先生が10年前に提唱された 「地域完結型医療」の実践形といえるでしょう。
一方、私はこの流れをさらに発展させる概念として、「ポジティブエイジング CCRC(Continuing Care Retirement Community)」を 提唱しています。これは、米国のCCRCモデルに学びつつ、日本の風土と制度に適合させた予防・自立支援中心の包括的ケアシステムです。 高齢者が「支えられる存在」から「支え合 う主体」へと転換し、医療・介護の連携に加え、運動・栄養・社会参加・学び・生きがいを 統合したウェ ルネス・マネジメントの理念を核に据えることで、健康寿命の延伸とQOLの向上を同時に実現することを 目指します。
地域医療構想が「ハード(病床と機能)」を整える仕組みであるなら、地域包括ケアシステムは 「ソフト(支 え合う関係)」を築く仕組みであり、ポジティブエイジング CCRC はその両者を結びつけ、 暮らしを支える“地 域の基盤”となる仕組みと位置づけられます。 私たち医療・介護経営に携わる者の使命は、この構想を理念から現実へと架橋することにあります。 現場のケーススタディ、データ分析、経営改善、地域資源の可視化し、その一つひとつの実践が、 次代の包 括ケアの礎を築いていくと確信します。
本研究会誌第20巻では、「治し支える医療」の新たな社会医学的概念である「入退院学」の総説を掲載し、 地域医療と介護の共創モデルを実証的に示す複数のケーススタディを収録しました。 そこに込められた実 践の数々が、日本の医療・介護の未来を照らす灯となることを願っています。 馬場園先生の言葉に「医療とは希望をつなぐ仕事である」とあります。 私たちはその希望を地域へ、そして次の世代へと受け継ぐ使命を負っています。
今こそ、“治す医療から、治し支える医療へ”、そして“予防から看取りまで生涯支援する医療へ”。 本研究会はその実現を目指し、歩みを止めることなく挑戦を続けてまいりたいと思います。