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第12巻 巻頭言

巻 頭 言

医療福祉経営マーケティング研究会
理事長 馬場園 明

 この研究会は、1973 年に老人医療費無料化を導入して以来、病気や障害をもつ高齢者は長期間医療機関に入院し、医療機関で亡くなっている現状を改善していこうという目的をもって誕生した。高齢者ケアの改善の指標は、社会的コストを下げることと、高齢者の QOL を高めることであった。現在、政府主導で、地域で高齢者の包括的なケアを行うハード、ソフト、人材を整備し、「地域包括ケアシステム」を構築する政策が進められている。「地域包括ケアシステム」は、「地域包括ケア研究会」によって、2010 年定義され、行政職員、医療・介護関係者に広く知られることになった。理念は、2012 年 2 月に閣議決定した「社会保障・税一体改革大綱」、2013 年8 月に発表された「社会保障制度改革国民会議」の報告書でも明快に示されている。そして、診療報酬改定でも介護報酬改定でも評価がなされてきた。しかしながら、高齢者ケアの改革の基盤となるべく、「地域包括ケアシステム」の構築は、現実の世界では一向に進んでいない。そこで、その理由と対策について検討してみたい。

 「地域包括ケアシステム」の構築が進んでいない理由として、まず、第一に挙げられるのは、「国民の無理解」である。「社会保障制度改革国民会議」の報告書では、「医療から介護へ」、「病院・施設から地域・在宅へ」の観点から、医療の見直しと介護の見直しは一体となって行い、地域包括ケアシステムづくりを推進していく必要があるとされている。この意味は、今まで医療機関が担っていた介護の役割は地域で介護セクターに担ってもらい、医療機関には医療に特化していただくということであるが、これが理解されていないのである。第二に挙げられるのは、自治体において、「医療の見直しと介護の見直しは一体となって行わなければならない」という認識の欠如である。「地域包括ケアシステム」を機能させるには、地域で高齢者ケアを行うためのハードとソフトが必要であり、サービス提供者間で連携し、入院の必要性を減少させていくということが理解されていないのである。第三に挙げられるのは、医療と介護では自己負担の違いがあり、介護がふさわしいケースであっても、自己負担が安いという理由で医療が選択されることが多いことである。70 歳以上の高齢者では、所得が低ければ、医療では自己負担は月 1 万 5 千円で済む。しかしながら、介護施設や高齢者住宅では、自己負担は 10 数万にはなるからである。第四に挙げられるのは介護報酬が低すぎることである。そのために、介護労働者の賃金を下げざるを得ないし、そうなると人手不足となり、優秀な人材は集まらないことになる。たとえば、看護職は介護の分野においても極めて重要な役割を果たしているが、医療機関の賃金が高いために、介護の分野では人材不足となっている。

 対策であるが、第一の問題に関しては、国民に少子高齢化による社会保障費の逼迫と家族のケア力の低下を理解してもらい、地域で高齢者ケアの基盤を作る必要性を理解していただくことである。第二の問題については、自治体職員には、地域の高齢者ケアの基盤である「地域包括ケアシステム」を構築するためには、適切なハードとソフトが必要であることを理解してもらうことである。すなわち、「高齢者が年を経るごとに変わっていくニーズに応じて、継続して同じ場所で自分の意思が尊重された生活ができるように、介護の機能をもつ高齢者住宅、リハビリテーション施設、介護事業所、地域交流センター、在宅療養支援診療所、訪問看護ステーションなどを、IT を活用したネットワークで結び情報を共有する」仕組みの必要性があることを認識してもらえば、インフラが整備されていく方向になると思われる。第三の問題は、医療ではなく、地域包括ケアの枠組みで、セーフテ イ ネットを作ることで解消できると思われる。そのためには、低所得者への財源を用意する必要がある。 医療に関しては、年間当たりの入院日数の上限を設けることで社会的入院を制限することが可能となる。第四の問題は介護財源の拡大を図ることで問題をクリアーできる。介護保険の財源の半分を占める保険料において第 1 号保険者と第 2 号保険者が人数の割合で負担を行っている。第 2 号保険者の負担は、総報酬割である。介護資源が増えないのは、比較的低所得である第 1 号保険者の保険料を増やせないからである。保険料を支払う単位を都道府県にし、第 1 号保険者も第 2 号保険者も保険料を総報酬割にし、保険料の上限を撤廃すれば、市町村の介護資源の偏りはなくなり、財源を大きくすることが可能となると思われる。

 今後、地域包括ケアシステムを普及させていくためには、問題と対策を、政府、自治体、医療・介護職、国民で共有する必要がある。今後も粘り強く情報を発信していきたい。