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第17巻 巻頭言

巻 頭 言

医療福祉経営マーケティング研究会
理事長 馬場園 明

 2019年12月に初めて中国で発生を確認された新型コロナウイルスは,その後またたくまに世界中に広 まった.日本でも2020年1月15日に国内初の症例が確認され,全国の1日あたりの新規陽性者の報告数が720 人を記録した2020年4月11日をピークとする第1波,8月7日に1605人を記録した第2波が起こった.2021年に 入ると, 感染のヤマがひときわ大きくなり,1月8日には全国で7,956人まで急増する第3波,3月下旬からは 第4波が襲来,5月8日に全国で7,234人の感染者が報告された.東京オリンピック前の7月に入ると第5波が発 生し,8月20日には全国で2万5995人と当時の過去最多を記録した.これは変異株であるデルタ株によるもの であった。

 そして2022年の年明け早々,これまでにないレベルでの急激な感染拡大を伴った第6波が始まった.これ は変異株オミクロン株によるもので, 2月3日には全国で初めて10万人を突破,東京都では2月2日に初めて 2万人を超え,それぞれ過去最多を更新した.6月になると感染状況はやや収束傾向を見せたものの,7月に再 び爆発的な感染が始まり,7月23日に全国で20万人を突破すると,8月19日には26万943人の感染が確認され, 過去最多の感染者数を更新した.オミクロン株は弱毒とはいえ,感染者が多い分,重症者や死者も多く,ま た,医療関係者にも感染者も濃厚接触者も多く,多くの医療機関は対応に苦慮している状態が続いている。

 それにしても,日本の病床数は世界一多いはずなのに,なぜ病床が逼迫するなどという事態になるの だろうかという疑問が生じる.新型コロナの流行は明確に日本の医療供給体制の不備をあぶりだしたと も言える.確かに人口千対で見た日本の病院病床数13.05は,先進国中でも群を抜いて多い(OECD Health Statistics2019). たとえば,ドイツは8.00,フランスは5.98,イタリアは3.18,アメリカは2.77,イギ リスは2.54,カナダは2.52に過ぎない. アメリカ, イギリス, カナダと比較すると日本の病床数は5 倍 も多いということになる。

 2019年の日本の病院病床は総数で153万床弱ということになるが, その内訳をみると多くの国民は驚く かもしれない. 精神病床326,666, 感染症病床1,888, 結核病床4,370, 療養病床308,444, 一般病床887,847 である. 精神病床と療養病床が合計で63.5万床もあるが, これらの病床はコロナ患者の直接の受け入れ先 には不向きである. 一方, 受け入れ先となりうるのは一般病床と感染症病床のみであるが, 併せれば89万 床弱もある. しかしながら, 一般病床とはいっても医療資源投入量の低い「高齢者介護施設的な病床」が かなりの部分を占めており,「コロナ禍」のようなときには「患者を受け入れられない」ということになる。

 これらの原因は,1973年に老人医療無償化が導入され, 自宅で生活できなくなった高齢者の社会的入院 が広がり, 医療現場では患者の回復を促す積極的な治療よりも密度の低い医療の割合が相対的に高まって いったからである. その結果, 新型コロナの患者に対応できる病床数が少なく, それらの病床でも1病床あ たりの医師数, 看護師数が少ないうえに, 呼吸管理や感染対策の必要な新型コロナ患者を受け入れること により, 医療機関の人手が足りなくなってしまった. しかも, 一方では, がん, 心臓病, 脳卒中など生命に かかわる重篤な疾患も診療しなければならず, スタッフが疲弊し, 病床が逼迫し, 「医療崩壊」が起こるの は当然である。

 今後も新興感染症による医療崩壊を防ぐためには, 専門的な感染症管理, 呼吸管理ができる医療機関へ の中等・重症患者の集中化を図る必要がある. 分散している専門医やICU 病床を集中し, 専門医療機関の 重点化を図れば, 救急車で運ばれてくる重症患者を受け入れる確率を高めることができる. そして, 急性 期病院は選択と集中を進め,「高齢者介護施設的な病床」は, 医療介護院や地域の複合施設等の転換が求 められよう。